スペース・モンキーズの映画メイヘム計画
まじめにふざける映画批評。基本的にネタバレ注意。
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NINE
NINE
★★★★


これぞ男の人生


母親や妻、愛人に始まり、子供の頃から世話になっている年上の女性、お金を払えばエロチックなダンスを見せてくれた浮浪者まがいの娼婦まで、出会った女性をセーブポイントのように人生を重ねていく、これぞまさに男の真理。

室内型のフリークライミングに例えるとわかりやすい。
出会った女性達がホールドと呼ばれる出っ張りで、それを手掛かり足掛かりにして人生という壁を登る。
母親や妻のように何度も出て来て助けてくれるホールドもあれば、一度しか登場しなかったり、途中で去っていくものもある。
やがて妻も愛人も離れ、ホールドがひとつもなくなってしまう。
それ以上登れなくなった時に助けてくれるのは・・・?というお話。


ミュージカルシーンは主人公の妄想や美化された想い出を表現していて、全ての女性に見せ場が用意されているのも面白い構成。
ジュディ・デンチまでが胸元を強調した衣装で登場するが、子供の頃には年上の女性が素敵に見えるものだ。
なんかわかるなぁ。




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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

2012
2012
★★★


まぁ、ヤ~ね


『ターミネーター4』、『コンスタンティン』、『グリーンマイル』。
これらの共通点は何だろうか。
主人公の名前がそれぞれ「ジョン・コナー」、「ジョン・コンスタンティン」、「ジョン・コーフィ」と、イニシャル「JC」。
つまり、イエス・キリストと同じなのである。

キリスト教色の強い題材には、しばしばこのイニシャルが登場する。
『ノウイング』は父がジョン、息子がケイレブで、二人合わせて「JC」だった。
『2012』の主人公もジャクソン・カーティス、「JC」だ。
それに加えて息子の名前がノアである。

しかし、本作の場合は、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂やリオデジャネイロのキリスト像が崩壊したりと、宗教に対して否定的な描き方をしている。
主人公も救世主としての役割は担っておらず(元妻や子供たちとユーリの息子らは救ったが)、むしろいなかった方が、最後の船のゲートが閉まらないというトラブルもなかったんじゃないかとさえ思われる。

主人公家族の描き方は疑問で、元妻の再婚相手であるゴードンが死んだおかげで、元の家族に戻れて良かったという顔をされても気持ち悪い。
この出来事の中で、元妻が主人公のことを見直す過程が必要だったのだろうが、そこが描けていない。父に反発していた息子の気持ちも解決されていない。

映像的には、前半の脱出劇が笑っちゃうぐらいに間一髪過ぎてアドレナリン出っ放しだった。
あれだけで十分楽しませてもらいました。


ジョン・キューザックはこの映画の主演に決まった経緯について、「監督から電話がかかってきて、映画に出て欲しいと言われただけ」と話している。
そりゃそうだ、監督には彼しか考えられなかっただろう。
だってジョン・キューザックも「JC」だから。

あ、ジャッキー・チェンでもよかったか。




テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

ニュームーン/トワイライト・サーガ
ニュームーン/トワイライト・サーガ
★★


次はフランケン?


※『トワイライト~初恋~』の批評はこちら。


前作で人狼であることを匂わせていたジェイコブが、いよいよ本格的に活躍する第二弾。
障壁のある恋に見えて実はそんなでもなかった前作よりも面白くなってきた。

女の子から見ると、二人の男の子からモテモテで、その上争いまでさせてしまう罪作りな私にウットリなのだろうが、男から言わせると、その気もないのに思わせぶりな態度を取るなよと。男が好意を寄せてるのに付け込んで都合のいい時だけ頼るなよと。
ベラの行動にはいささかイラっとくるわけだが、女の子がメインターゲットであるコンテンツにそんなこと言っても無駄なのであります。


女の子目線で見ると、「ロミオとジュリエット」を下敷にした展開や、自分だけが年老いて行く『ハイランダー』的恋愛の切なさ、近所の年下の男友達が髪切ってイメチェンして上半身裸になってみたらマッチョで頼り甲斐のあるヤツだったという意外性など、胸キュン要素はいっぱいだ。


陰のあるイケメンをバンパイアに置き換えたキャラクターは、2作目になって、精力の有り余るマッチョ=人狼という比較対象が登場することで際立ってきた。

狼の活躍は見応え十分だが、バンパイア同様、この一族もあまり正体を隠そうとしないユルい空気が漂っている。
そこもこのシリーズの味か。




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南極料理人
南極料理人
★★★★


ペンギンはいません


南極観測隊の調理担当者を主人公に、共同生活を送る八人の悲喜こもごもを綴っていく。

限られた空間、限られた登場人物によるエピソードが、独特の「間」で描かれる。
これといって大事件が起こるわけではないが、むしろその淡々とした感じが、単調な南極での生活とリンクする。

任務をこなすだけで娯楽も限られている環境においては、食事が楽しみの大部分を占める。
また、年中吹雪の吹き荒れる場所では、季節感やイベントを彩る大切なアイテムとなる。
普通の生活以上に食事の役割が大きく、料理人の責任も重大。隊員たちのモチベーションは食事に懸かっていると言っても過言ではなく、食事を中心に色々な出来事が起きるのがなんとも面白い。


そして、メインテーマとして描かれるのが主人公の家族関係だ。

妻の作ったギトギトの唐揚げに文句を言っていた主人公だが、南極で仲間が作ってくれた唐揚げで妻を思い出し、涙する。

ラスト、家族と訪れた遊園地。売店で買ったベチャベチャのハンバーガーを食べて、思わず「うま!」と洩らす主人公。

何を食べるかよりも、どんな状況で誰と食べるかが大事だ。
当たり前だが日常生活では忘れがちな、そんなことを思い出させてくれる。




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7つの贈り物
7つの贈り物
★★★★


マイ・ネーム・イズ・ポンド、セブン・ポンド


果たしてこの主人公の計画とは何か!?
「贈り物」とは!?
といった、ミステリー的な宣伝で煽っているが、この作品の本質はそこではない。

主人公のやろうとしていることは、割と早いうちに察しがつく(「主人公の自殺」、「心臓病の女性」、そして邦題の「贈り物」から)。
過去のシーンをそれとわからないように散りばめた特殊な構成になっているのは、主人公の素性、心の痛みや贖罪の理由を徐々に明らかにしていく為だ。
個人的にはこのようなギミック無しにストレートに描いた方が、より主人公に感情移入できたとは思う。
それでも、この主人公には共感する部分がとても多い。


始めは罪の意識から自殺による臓器提供を考え、計画を進めていくのだが、調査対象の女性に徐々に惹かれていき、次第にその意味が変わってくる。

「贖罪」の究極の形である、自分の身を犠牲にして誰かの役に立とうとする行為は素直に受け入れ難いが、理解できないわけでもなく、それ自体複雑な感情を呼び起こす。
しかしこの主人公の行動には、贖罪だけではなく、恋人を亡くした喪失感も大きく影響している。
生きていく希望を失い、毎日のように死を考えている。
この、主人公のリアルな人間臭さがこの作品の魅力である。

そして、提供相手として考えていた女性と恋に落ち、壮絶なジレンマが生まれる。
相手から必要とされていることに、自分の生きる意味も見えてくる。
彼女に生きていて欲しいが、その為には自分が犠牲になるしかない。
しかし自分は彼女と一緒にいたい・・・。

雨の中を全力疾走で病院まで駆けて行き、(自分以外に)ドナーが見つかる可能性は無いのかと、担当医にすがるように尋ねるシーンが切なすぎる。
主人公の気持ちが痛いほど伝わってくる。

贖罪から始まった計画が、愛するが故の自己犠牲に変わっていくからこそ、彼が最後にとる行動に納得がいくのだ。


ちなみに、原題の7ポンドとはシェークスピアの『ヴェニスの商人』に由来する。
物語の中で、借金の担保として契約するのが、自分の体の肉1ポンド。
その7つ分ということだ。




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